父の日イメージ

幼い頃に父の日にあげたプレゼントと父から貰った暖かさ

父は30年以上前に、まだ働き盛りの50代で他界しました。
とても優しい男性で母を愛しており、仕事上夜勤や深夜勤などで母が居ないときは、私たち子供のお弁当や朝ごはんを作ってくれ、疲れて帰宅した母を寝かせておいてあげるという思いやり深い人でした。
父との思い出は本当に沢山あります。
というのも、私が末っ子で甘えん坊だったこともあり、休日のたびにドライブに連れていってほしいとせがんであちこち母と3人で出かけたからです。
姉たちとは年が離れているので、既に親より友人たちと遊びたい年頃だった姉たちはついてこなかったので、3人家族のような感じでした。
今から思えば、休日くらい休みたかったろうに、子供のおねだりに嫌な顔ひとつせず、いつも車を出してくれました。
そんな父へのプレゼントは、ふだんから肩もみをしてあげることでした。
父の日のプレゼントは、小学校低学年の頃は、どんなものをあげればよいのか分からず、絵のコンクールで貰った表彰状と50円玉をひとつという奇妙なものでしたが、父はたいそう喜んでくれてこのお金でいいもの買ってあげるねと言い、実際色々なおいしいものを買ってきてくれました。
仕事上、トラックを運転して遠方までいくこともしばしばあり、そんな時は必ず大福を沢山おみやげに買ってきてくれました。
大きくなってからは、思春期特有の父親をけむたく思う時期も長く続き、父の日にプレゼントした記憶もありません。
きっとそんな娘の態度を悲しく感じていたことでしょうが、父はいつも変わらず優しかったです。
それだけに、私が大学受験の真っ最中、肺炎で急死したときには、本当に辛かったものです。
初めてご飯が喉を通らないほどのショックでした。
受験も行きたくないと言う私に、そんなことをしたら却ってお父さんが悲しむよと親戚の叔父さんに説得され、通夜と葬式のあいまに、受験会場へ出かけましたが、父の愛用していた腕時計を持っての受験は、涙で答案用紙も見えず惨憺たる結果となりました。
納棺をする前に、父の仕事で割れた爪を眺めながら手を握ったのですが、暖かかったのです。
亡くなった人の手をそれまで触ったこともないので分かりませんが、あの暖かさは父が最後に私達に残してくれた思いやりのような気がします。

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